Masuk「少し頭を冷やせ。ここは他の生徒も集まる
周囲では生徒達が事の成り行きをじっと窺っている。オーウェンに指摘されて、さすがに今の状況は拙いと二人は口を
「二人の主張は分かった」
だが、これまでのケヴィンの発言は王家への不満を口にしたも同じである。エーリックは当然オーウェンが自分の側近を
ところが――
「エーリック、王家の力を利用して好きな女を物にしようとするのは感心しないぞ」
「は?」
予想外の非難を受けてエーリックは呆気に取られた。
「貴族の婚姻は政治の絡むものではある。しかし、だからと言って愛し合う者達を引き裂き、婚約を無理強いするのは間違っている」
「兄上、それは本気で仰っているのですか?」
エーリックは別段オーウェンと対立はしていない。オーウェンの方も今までエーリックに含むところは無かったはずだ。
それなのに、オーウェンは自分の側近であるケヴィンの王族を軽んじる言動を咎めようとしない。それどころか、エーリックを一方的に悪者にしている。その発言の意図が分からない。
ケヴィンやオーウェンの言い分では、まるでエーリックが横恋慕して婚約を迫ったみたいだ。だが実際には、エーリックはお見合いの時にウェルシェと初めて出会い一目惚れしたのである。順序が完全に違う。
それに――
「グロラッハ侯爵家との婚姻は
そう、この婚約はもともと正妃オルメリアが自分の息子を無事に即位させるのが発端である。そのためにエーリックをグロラッハ侯爵家へ婿入りさせようとしたのだ。
「母上にも困ったものだ。おおかた仲の良いエレオノーラ殿の頼みを断れなかったのだろう」
ところが、オーウェンはあまりに左斜め上な推測を始めた。これにはエーリックの顔がみるみる険しくなっていく。
これまでオルメリアはエレオノーラとの関係に気を使ってきた。王家の動向を常に貴族達は見ており、これがオーウェンの即位に大きく影響すると分かっているからだ。
ところが、当の本人が周囲の心証が最悪になってしまっている。せっかくオーウェンの為に母が苦心して取っていたバランスを実の息子がぶち壊しているのだから目も当てられない。
「お待ちください。いきさつがどうであれ、エーリック様と私の婚約は国王陛下のご裁可によるものですわ」
もう我慢の限界だ——じっと見守っていたウェルシェだったが、横から口を出した。孤立無援で理不尽な非難を浴びているエーリックが見るに堪えなくなったのだ。
「王命にも等しい婚約にセギュル様がとやかく申し立てるのは不敬ではございませんの?」
「それはそうだが、時として間違いを正す為に諫言するのも必要だろう」
(賢臣、忠臣を退けたお方が良く言う。それに王命に対して国王陛下ではなくエーリック様に言い掛かりをつけるのは諫言ではないでしょう!)
オーウェンの斜め上な発言に心の中でウェルシェは激しく突っ込んだ。
「愛の為に命を賭して勇気ある発言をするとはケヴィンもなかなかやるな」
「恐れ入ります殿下」
ウェルシェはぞわわわっと鳥肌が立った。なんという訳の分からない陶酔劇か。
「私はエーリック様をお慕いしておりますし、セギュル様へ想いを寄せている事実はございません!」
「ふっ、王命を畏れて真実を語れない囚われの姫よ」
「安心したまえ、君の心の内はアイリスから聞いている」
またアイリスだ。
(何の恨みがあって私の邪魔をするのよ!)
「令嬢の身では言いにくいだろう。俺から婚約を解消するよう父上に進言しておこう」
「兄上、それはあまりに勝手すぎます!」
「勝手なのはお前だ、エーリック」
「そうです。親の力を使って私達の仲を引き裂くなど恥ずかしいとは思わないのですか」
「すぐにグロラッハ嬢を解放するんだ」
――気持ち悪い
全く話が通じない。
ウェルシェはどんなに言葉を尽くしても、聞き入れようとしないオーウェン達に何とも言えない気味悪さを覚えた。
ウェルシェは合理主義者ではあるが、世の中に理屈の通らない人間がいるのは理解している。だが、オーウェンは将来この国の王になる者だ。なのに、これ程まで意思疎通が困難である事実に眩暈がした。
「父上と母上に憚り本心を明かせぬとは憐れだな。俺から両陛下へ言上しておこう」
「ま、待ってください!」
好き勝手に自分達の妄想でエーリックを糾弾し、勝手にウェルシェは悲劇の姫に仕立て上げられ、とんでもない捨て台詞と共にオーウェン達は去って行った。
エーリックとウェルシェの言葉に1ミリも耳を傾ける事なく……
憐れエーリック――何の落ち度もないのに、何故か責められ婚約者まで奪われようとしているのだった。
「エーリック、そなたの言い分を訊ねたい」オルメリアの指名を受け、エーリックは居住まいを正して前に出た。「忌憚の無い発言をお許しいただけますでしょうか?」「許します。存分に意見を述べなさい」オルメリアは当然とばかり頷き発言を促した。「まず、グロラッハ嬢との婚約ですが――」エーリックは言質を取るとオーウェンの世迷い言を論破しにかかった。「私が母エレオノーラに懇請した事実はございません。この婚約は王妃殿下からの薦めであるのは周知の事実です」エーリックの言葉に国王、王妃だけではなく周囲の者達も頷く。「それに、グロラッハ嬢とはお見合いの場で初めて顔を合わせたのです。兄上が糾弾された横恋慕などありようはずがありません」「なるほど……」オルメリアの相槌にエーリックは内心でホッと安堵のため息を吐いた。このような論争ではもっと婉曲な表現をしなければならないのが貴族の世界。「次に王族に逆らえずグロラッハ嬢が婚約を承諾したとの話ですが――」だが、オーウェンが直接的に難詰してきた以上は、エーリックもそれに応じなければならないと判断したのだ。だから、はっきりとオーウェンを批判した。「それを言ってしまえば私は誰とも婚約できなくなってしまいます」「その通りですね」この場の誰もがエーリックの主張に頷いた。エーリックに支持が傾いている。オーウェンはジリジリと焦り始めた。「それにグロラッハ嬢は私との婚約を快諾してくれました」「だから、それはグロラッハ嬢が貴様に逆らえず&helli
第34話 その第一王子、本当に短絡的じゃないですか?「……と言うわけで、ケヴィンとウェルシェ嬢の仲を引き裂き、婚約を無理強いするのは王家の横暴と謗りを受けましょう」王座の前でオーウェンは意気揚々と弁舌を繰り広げた。――今こそ過ちを正す時!オーウェンは正義に燃えているのだ。二週間程前、彼は息巻いてエーリックの婚約を破談にするよう国王に直談判した。だが、予想に反して国王からけんもほろろに突っぱねられてしまった。アイリスから聞いた話によれば、ウェルシェはケヴィンを恋い慕っている。ならば、エーリックとの婚約は権力で強いられたに違いない。(なんと憐れな)あの触れれば消えてしまいそうな頼りなさげな美姫が、王家の威光に抗えず涙する様を思い浮かべ、オーウェンは騎士道精神を滾らせた。(父上は側妃エレオノーラを寵愛しているからな)横恋慕したエーリックが母親に頼み込んで国王を誑かしたに違いない。そんな|推測《もうそう》にオーウェンは憤慨した。そこに国王からの呼び出しがあり来てみれば、エーリックやセギュル侯爵など例の婚約の関係者が揃っていた。これは絶好の好機とオーウェンは喜色を浮かべた。(きっと母上が御正道へと正そうと動かれたに違いない)そう信じてオーウェンは皆の前で朗々と自説を披露し、エーリックを糾弾したのである。「今からでも遅くはありません。即刻この縁談を取り止めケヴィンとウェルシェ・グロラッハの婚約
「陛下も愛する側妃の子なら否なはないでしょう?」息子を切り捨てるのは母として苦渋の選択。だが、一国の国母として、それも止む無しなのだ。「ダメです!」ところが、エレオノーラが絶叫するように反論した。「それはいけません!」「どうしてかしら?」凄い剣幕で反対するエレオノーラに、オルメリアが小首を傾げて頬に人差し指を当てた。「最近はエーリックも頑張っているじゃない」「はい、殿下は気弱なところもありますが、己の足りない部分を補おうと日々研鑽されておられる奇特なお方です」ジャンヌも頷き同意を示した。「加えて伴侶となるウェルシェさんの器は王妃になるに不足はありません」「ふふふ、これでエーリックの立太子に何の問題もないわね」勝手に話しを進める二人に慌てたのがエレオノーラだった。「あります! あります! 大ありです!」エレオノーラはバンッとテーブルに手を突いて立ち上がった。「エーリックは王位を望んでいないもの!」「それは関係がないわ」オルメリアは頬杖を突いて王妃らしからぬ態度でエレオノーラを横目で見る。「エーリックとて王家の男児としての自覚くらいあるでしょう?」「それは……だけど……メリー様はご自分の子供が王位を継げなくても良いのですか?」「できればオーウェンには立派な王になって欲しいわ」「だったら!」食い下がるエレオノーラにオルメリアは
「私の最大の失敗はオーウェンの婚約者選びね」「どうして?」ため息を吐くオルメリアにエレオノーラは不思議そうに小首を傾げた。その仕草はとても三十路を越えているとは思えぬ愛らしさがある。「イーリヤさんはとても優秀で良い子だわ」「そうね、彼女は才気煥発で人格にも問題の無い素晴らしい令嬢ね」――イーリヤ・ニルゲ公爵家の血筋と品位、恤民と義心の溢れる人格。加えて独立した商会を切り盛りする才覚もある。能力、人格ともに将来の王妃として不足はない。そう判断したからこそオルメリアはオーウェンの婚約者にイーリヤを選んだのだ。「だけど、イーリヤは真っ直ぐ過ぎたのよ」「それはいけない事かしら?」エレオノーラの問いにオルメリアは首をゆっくりと振った。「本来ならいけなくはないわ。問題なのはオーウェンとの相性よ」「ええ、彼女は素直に自分の有り様を示しすぎました」オルメリアの言にジャンヌが追随した。。「きっと自尊心の強いオーウェンにはそれが耐えられなかったのね」だからアイリスの甘言に踊らされてしまった。「正直は美徳ですが、イーリヤさんはもう少し自分を隠す術を知るべきでした」「まだ十代半ばの彼女に己の才能を隠すなんてできっこないわ」ジャンヌの指摘は酷というものだとオルメリアは苦笑いを浮かべた。「ウェルシェが異常過ぎるのよ」才気あふれる若者が自らの能力を周囲に誇示するのはあたりまえである。本来、韜晦する術は歳と共に覚えるもの
「ごめんなさいね、残ってもらって」「王妃殿下のご用命なれば否やはございません」王妃オルメリアの詫びにシキン伯爵夫人ジャンヌは粛々と目礼を返した。お茶会はお開きとなった。異様な空気の中で続けても意味はあるまい。そうオルメリアが判断したからだ。会場に残っているのはオルメリアとエレオノーラ、そして呼び止められたジャンヌの三人だけ。「それに、私も王妃殿下にお詫び申し上げねばならないことがございましたので」そう前置きしてジャンヌは頭を下げた。「先程はオーウェン殿下を貶めるご無礼を……」「謝罪は不要です」だが、オルメリアはジャンヌの謝辞を遮った。「謝らなければならないのは此方なのですから」「王妃殿下に何の咎がございましょう」「いいえ、私共が無理を言ってオーウェンの側仕えになってもらっておきながら、息子の愚行を止められませんでした」そして、頭こそ下げられなかったが、逆にオルメリアが謝罪したのだ。「王妃殿下!?」これには冷静沈着なジャンヌは仰天した。王族が臣下に対し頭を下げるなど通常ではあり得ない。「そもそも私がオーウェンの教育を間違えてしまったのがいけなかったのでしょう」「王妃殿下、古今東西聖人君子であっても我が子の教導を誤るものです」同じ母としてオルメリアの苦悩をジャンヌは理解できる。「私のような貴族とは違います。王族は求められるものが多すぎ、子の教育を困難にしているのです」「私はオーウェンに多くを求め過ぎたのかしら?
「あ、あなた、いったい何を言って……?」ウェルシェのトンチンカンな言動にオルメリアは戸惑った。それは他の夫人達も同じようで、みな一様に困惑している。「えっ、ですから、シキン夫人は何処かへ行かれるのですよね?……かなり遠方の国へご旅行されるのでしょうか?」ウェルシェが的外れな返事をするので誰もが呆気に取られた。もちろん、ウェルシェだって完全なる曲解であることは百も承知している。「他の国へ行って見聞を広められるなんてとても素晴らしいですわ」だが、ウェルシェは貫き通した。今は多少苦しくても強引に話題を変え、一気に自分の土俵へと持っていく力技こそ有効。どこかトボけたウェルシェの腹黒交渉術の一つである。おっとりした不思議ちゃんを演出していたのも、この交渉術を成功させるのに大きく寄与していた。「えっ、ええ……そうですね」話を振られたジャンヌも対応に困って曖昧に頷いた。「本当に素敵!」ここまで来ればもうしめたもの。再びウェルシェの手の平の上だ。「シキン夫人はそうやって見識を深めてこられたのですわね」「はい?」ジャンヌはいまいちウェルシェの意図を掴みかねた。いや、それはオルメリアを始め会場の誰もが同じであろう。「夫人のお言葉に私とても感銘を受けましたの」「私の……ですか?」いったいそれはどの言葉?ジャンヌは更に困惑した。普通に考えれば、オルメリアへの諫言だろう。だが、ウェルシェがジャンヌの諫言をうやむやにしてしまおうとして
――マルトニア学園入学式の日校門から校舎へと続く道にスリズィエの花びらが舞う。奥へと更に奥へと進めば、入学式が執り行われている大講堂へと続く。その中には今年入学する新入生とその保護者が集まっていた。「新入生代表ウェルシェ・グロラッハ」式が進行していく中で、一人の少女の名前が呼ばれた。「はい」凛とした声が講堂の中に響いた。
「私ってそんな尻軽な女に見える?」四阿に戻ったウェルシェの愚痴にカミラは首を傾げた。「いきなりどうなさったのです?」「さっきエーリック様が仰っていたでしょ?」お茶を注ぎながらカミラは、ああと得心がいった。「お嬢様が他の男に心移りするかもってやつですか?」それよそれとウェルシェは不満そうに口を尖らせた。そういう幼い振る舞いは年相応に可愛いなとカミ
「エーリック様、いらっしゃいませ」「やあ、また来たよ、ウェルシェ」ウェルシェの予想は大当たり。「迷惑じゃなかった?」「そのようなことありませんわ」エーリックは儚げで、庇護欲を掻き立てるようなか弱い女性が好みだった。足繁く通う彼はウェルシェのかまととの完全な虜である。「エーリック様にお会いできて私はとても嬉しいですわ」「えへへへ、そ、そう?」ウェルシェの笑顔にエーリックがデレデレになる。手のひらでコロコロ転がされているとも知らずに。端で見ていたカミラはなんとも完璧な猫かぶりだと感心するやら呆れるやら。もともとウェルシェは幼少期より儚げな深窓の令嬢を演じて、海千山
「名残惜しいですが、そろそろ帰らねばなりません」「まあ、もうそんな時間なんですの?」「楽しい時間はあっという間ですね」エーリックが器用にウィンクすると、ウェルシェがパッと花が咲くように笑った。「また、あなたにお会いできる日を楽しみにしております」「私も楽しみにお待ちしておりますわ」潤んだ瞳でウェルシェから可愛く見上げられ、エーリックはすっかり舞い上がってしまった。(これって、ウェルシェも僕に恋しちゃってるんじゃない?)エーリックはカッコよく颯爽と帰るつもりだった。だが、顔は締まりがなく、足取りも地につかずふわふわして覚束ない。「あらあら、あんなにフラフラして大丈







